ノート

フラ語仲間で集まった時にノートを取ってたりすると
たまにノートのことを聞かれたりします
忘れたことや確認したいことがある時は
本やテキストでなくノートを乱暴にめくっている
からでしょうか

私のノートは
ー A4サイズ
ー 方眼軸
ー こねる方式
ー 青緑赤黒オレンジのボールペン&マーカーを何色か使用
とだけ決めています

そんなにこだわっているわけでなく
ノートは100均ショップものですし
ボールペンもコンビニで買えるものです

でもA4も方眼軸もあまり他ではお目にかからないですね
こねる方式も随分古いメソッドですし
シャープ使う人の方が多いかも

私の場合
フラ語英語その他なんでも
一冊のノートにぶち込んでメモってますし
こねる方式ですから必然的にA4サイズになります

図や表は
方眼軸の方が早くて見易く描けますよね

5色使い分けているのは見た目の綺麗さを狙っているのではなく
色で内容をカテゴライズすれば
見返す時に求める箇所を探しやすいからです

たとえば
本からの抜書きは青
ディクテやドリル演習は黒
プレゼンやレクチャーのメモは緑
自分なりの補足はオレンジ
注意点や間違えてしまった箇所は赤
などなどと使い分けてます

なので欲しい情報を探す時は
まずは色で探すので
ノートを乱暴にめくっているように見えます

ほんのちょっとした空き時間では
下段のまとめ部分を読み返すことにしてますし
ある程度トレーニングが進んだら
左サイドに乱雑に記入したポイントを見ながら
そのページの内容をレクチャーしているかのように
脳内プレゼンごっこして復習をするようにしてます

文字は殴り書き(自分しか解読できない)だし
5色入り乱れてぐちゃぐちゃ感満載だしで
他の人から見たら落書き帳???
てな感じですけど

その一方で
知り合いにノートを全く使わない人がいます
その人はマルチリンガルです
本やテキストに直接書き込んだり
ポストイットを直接貼り付けたりしています
スペースが足りない時は
薄いレポート用紙に書き込んで本に貼り付けてます

聞いたら
ノートを使用して情報を分散させることが嫌とのことで
本の余白にガンガン書き込んでいます
私から見ると何が何だかわからないほどですが
その人からすると
復習の際はそれが最も効率的だとのことです

うん確かにその通りです
できるならマネしたいくらいです

まあ長年親しんできた自分の方式ですから
今更変えようとも思いませんが

でるふで引っかかりそうになった問題

でるふのテキストにあったCOの問題で
引っ掛けだけどよくできた問題でしたー
(具体的な問題内容は省きますね)

設問前読みした人間には
映画を観にいった後にレストランに行く話なんだなあ
と思せるようにしています

ただえけん慣れしている(していなくても?)と
この前読みの段階で引っ掛け臭がプンプンしていることが
わかります

もっとも
引っ掛けそれ自体は決して悪いわけではなく
しっかり聞き取れている人は引っ掛からないし
しっかり聞き取れていない人は引っ掛かる
ものなので
不公平でも意地悪でもないのです
ただおっちょこちょいな人や天然な人は
文字通り引っ掛かかってしまうので
注意が必要ですね

しかし
でるふは単純に引っ掛けようとしているのではなく
会話の前半は美術館の話題であることを
有名な美術館の固有名詞を聞き取れた人
(bla bla museeとかの分かりやすい名前ではありません)
すなわちフランスのことをよく知っている人
であれば正解の選択肢を選べるようにしています
そしてたとえその美術館を知らなくても
«exposition»という単語が出てきた段階で
映画館でなく美術館を選ぶべきだと判断できた人
も正解を導けるようにしています

そのいずれでもない人は
ー???
となって仕方なく前読みで与えられた印象通りに
映画館を選択し易くなります

そしてえけんと違って
ああんといえどもスピードに容赦はありません
(発音は明確ではありますけど)

といくみたいな
デスクの上に○○がある
的な面白くもなんともない問題ではない
ところにも好感が持てますね
(もっとも今のといくはそんなつまらない問題を
臆面もなく出すなんてしてないかもしれませんが
昔の印象がそんなんなので今でも全く興味が持てなくて
今の問題がどんなか知りませんが)

でもああんでこのレベルが出るのですから
だるふになるとどんなになってしまうんでしょうね?
いつかそれを受けられるレベルになりたいと思ってますけど

量をいかに確保するかが重要でしょうきっと

いきなり変な話ですが
売上を上げるためには何をすればいいか?
難しく考える必要はないと思います

単価を上げる &/or 販売数を増やす
ですよね
だって
売上高=単価×数量
ですから
(いかに単価を上げるか、いかに多く売るかを考えるのが
がマーケティングそのものであり
もっと明確にいうと経営そのものだと思います)
もっとも利益という概念も経営には重要ですが
こんなブログでは触れる必要ないので触れません

でなんでこんなこと言い出したかというと
この売上高向上の常識を
私はトレーニングにも当てはめているからです

つまり
トレーニングの効果 = トレーニング量 × トレーニング効率性
と言うことてできますよね

ただ常々自戒しているのですが
効率性の追求に時間をかけるべきでない
と考えてます

だって
そんなのはっきり言って何が正解かわかりませんから

知ったようなことを言ったり書いたりしている人いますけど
そんなの個人個人によって全然違って当たり前じゃないですか

だから「うだうだ言わずに」量の確保(つまり時間の確保)を
トレーニングを進めるにあたって私は至上命題としています
フィジカルトレーニングじゃないんだから
オーバーワークという概念なんてはなから捨ててます
言葉のトレーニングが趣味だし

ただですね
フィジカルの観点で
量の確保がキツイ時があります最近

腰や背中の凝り・痛みです(笑
ホントキツイです
長時間じっと椅子に座ってられません
特に最近

ー 格安マッサージ(かなりの強もみ)に通う
ー ジムボールでトレーニングの合間にストレッチをする
ー 時間管理の意味も含めてにゆちゅぶで自然の音を常に流す
ことをしています

今のところ効果てきめんです
マッサージ中は瞑想時間とも捉えれば日々の整理ができる
ジムボールでのストレッチで体が軽くなっている
自然音(特に雨音)環境は無音環境よりトレーニングに集中できる
ような気がしています

そしてそして
量を確保すれば確保するほど
実は効率も上がっていく
ということを経験から学んでます
決して効率が下がることはありません
経験上

多分これは
学びや理解のプロセスは
知識量に応じて短縮されるからだと思います

例えば
文法や語彙は知れば知るほど
それが背景知識となって
それと関連した文法事項や語彙を
理解し吸収しやすくなります
言い換えると
知れば知るほど加速度的に
吸収量と吸収効率が向上します

私の信条として
言葉のトレーニングは
量(つまり時間)の確保増大が第一義で
効率の追求は二の次というか
第一義に専心することで実現可能です

こんなブログ書いたり読んだりしている暇があるなら
トレーニんグに勤しんだほうが良いようですね(笑
posted by timehills at 01:05Comment(0)手法

"The Zahir" Paulo Coelho

この本昨日古本屋さんで買いました
全然知らない作家ですし
もちろんこの作品のことも知りませんでした

ほとんど新品同様だったし
パラ読みしたら英語難しくなかったし

実際難解な単語は使われてませんし
トリッキーな文体でもありません
えけんじゆん1きゆリーデイング得点率合格者平均レベルの
スキミング力があれば
それほど苦労せずに読み進められると思います

外国語の本での初めての体験ー
350ページものPBを一気読みしました

面白かった

正確にいうとプロットが面白いというのではなく
形而上学的な思考経路が
実に平易な英語で書かれてます
もっともその思考経路はストーリーそのものに
直接関係するものではありませんが

そういうものが散りばめられているので
プロットプラスαで楽しめます

ちょっと違っていたらすいません
司馬遼太郎ファンはたまに
「『余談ながら」の箇所もいいんだよなあ」
と言いますが
それと同じような意味合いのプラスαかもしれません

初めてのPB一気読みで
久しぶりにフラ語トレーニングを軟化させて
英語を楽しんだ日曜日となりました
posted by timehills at 21:55Comment(0)

フラ語トレーニングがどんどん楽しくなってきました

最近はだるふえわんの問題集でフラ語トレーニングしてます

6月にえつを受ける予定なので
そのためのトレーニングとしてえわん問題集をやっているわけです

リスニングは70%ほど
リーデイングはほぼほぼ100%
の正解率です

もっとも
リスニングはきちんと聞けているわけではありませんが
えわんということもあり
キーワードを押さえれば正解を導きやすくなってます
ただ引っ掛けはそこそこあるので
キーワード頼り過ぎは危険ではありますが

リーディングは
汎用的な試験用スキミングテクニックで
10分ほどで全問正解が可能なので
対策不要です

問題は
やっぱりPOとPEですね
基本的な言い回しや慣用表現を
使えなければアウトです

それにしても
同じCEFR A1レベルのふつけん3きゆと比べて
でるふえわんは楽しいですね
この対比は
けんぶりじえけん vs えけん
と同じような構図です
でるふではガチガチの文法問題や動詞活用穴埋め問題
みたいなのは出題されません
もちろん文法や活用は語学に関してすごく重要で
この強化のためのトレーニングは必須なのは言うまでもありませんが
(自分なりの)でるふやけんぶりじえけん用トレーニングは
それorientedの出題がない分
アウトプット重視のトレーニングに時間を割けるわけです

結局語学はアウトプットできてなんぼなわけですから
(その前段階のintensiveかつquantitativeなインプットも
同じくらい重要だともちろん認識してます)
そのためのトレーニングは楽しいんですよね

ただですね
長いものに巻かれないわけではないのですが
特にここ数十年の日本人の意識の傾向として
何事も「楽しく」なければいけない
という流れの「楽しい」ではありません

もっともこの価値観を前面的に押し出している方々のうち
個人個人の遊びというか楽しみをあまりに抑制することを強いる社会環境
に対するアンチテーゼ的な意味合いを強く持たせている方が
少なからずいるのだろうとも理解してますが

多分趣味(ジャンルに関係なく)を楽しんでいる方々には
賛同いただけると思いますが
楽なことだけをするなんて
全然楽しくありませんよね
(このふたつの「楽」はほぼ正反対の意味であることが私には面白いです)
地道で地味で一見楽しそうじゃないけど
それをやらなければ趣味的な意味でも
「極め(究め)られない」のなら
それをやることが必要だと思うんです

自戒として
この「楽しむ」という用語を
単に楽するためとか挑戦を避けるだけのために使用することで
本当の意味で「楽しむ」ことを阻害しないように
常々気をつけています

という意味で
言葉のトレーニングを楽しみましょうね